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奥妙在練心

神田錬成館の開設から早いもので5年が経ちましたが、今年は、剛柔流の開祖である宮城長順先生の生誕120年の節目にもあたります。

長順先生は1888年(明治21年)5月25日に那覇市西町に生まれ、1902年(明治35年)14歳で西の東恩納と呼ばれた寛量師に入門、その後、研鑽を積まれて、大家となり、ついには寛量師の後継者となられました。寛量師が教えられたのは、福州伝来の技法を色濃く残す武術で、当時は那覇手と言われていましたが、長順先生は、これを整理統合し1930年(昭和5年)に剛柔流と命名しました。空手の流派名としては最も早く命名されたものと言われています。

長順先生は、沖縄においては、比嘉世幸、八木明徳、渡口政吉、宮里栄一等の高弟を育てたほか、度々、本土内地を訪れ、指導者普及に努められました。そのおかげで、本土においても剛柔流は、四大流派のひとつに数えられるまでに成長しました。

かといって長順先生は、普及にのみ腐心したのではありませんでした。門人の立ち振る舞い・言動には、ことのほか厳しく、滅多な者では入門を許さず、入門した後も粗暴無礼な振舞いが少しでも感じられると、即、破門とされたそうです。これは「人に打たれず、人を打たず。こと無きことを旨とする。」という遺訓にも示されていますが、長順先生は、空手を単なる武術ではなく、人格陶治の手段として、拳禅一致の境地をめざすものと考えられたからです。

私たち神田錬成館では、剛柔流を学ぶ者として、技法のみならず、長順先生の精神・技法を受け継ぎ、強さと共に人間的な豊かさをめざしています(道場訓~剛柔の道を学ぶを以って誇りとすべしとは、まさに、これを高らかに謳ったマニフェストということになりましょう)。

その一方で、現在の空手界では、色々な流派・団体が乱立する中で、フルコン、寸止めにしろ、試合ルールの中で勝つことだけをめざす風潮があるように思えます。しかし、試合とは、その字のとおり、試し合うことであり、その時点での修行の効果測定の手段に過ぎません。今の風潮では、目的と手段が取り違えられているように感じられます。

ところで、奥義を問われた際に長順先生が示したのは「奥妙在練心」でした。
奥義秘儀は、紙に書いたお題目などではなく、弛まぬ心身の鍛錬を通じて各々が見出す不立文字であると私なりに解釈しています。

この言葉を旨胸に刻み、優劣を競うのではなく、自分自身を見つめ直すことで、神田錬成館の仲間と共に、更に精進して行きたいと考えています。

山本香門


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