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神田錬成館道場で「剛柔の道」を学ぶ

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空手が世界に広がりスポーツ化して行くのに伴って、発生して来る問題も多く指摘されています。
なかでも重要な一つとして、近年のフルコンタクト系格闘技のブームで、空手は格闘技である以前に武道であるという本旨がいつの間にか忘れられていくように見受けられます。

武道は戦いで命を護り敵を倒す為に必要な技を、肉体と精神の鍛錬によって高めて行く道です。
命をかけた真剣勝負には体の大小や年齢等のハンディなどは当然有る筈も無く、敵の攻撃をかわし、一撃で相手の急所を攻撃し、決定的なダメージをあたえなければ自分の命が危うくなるのです。

対戦する相手の技術や体力が自分より下であっても、稽古で鍛えられた技には油断できません。たとえまぐれでもその一撃を受ければ倒されてしまう事を武道を学ぶ人は知っています。
2,3発の技を喰らってもそれ以上に強力な技を4,5発返して相手には自分以上のダメージを与えればよいと云う様な考えは通用しないのです。
「もし失敗したらその次は・・・」と云う考え方も同じです。

だから相手をなめて馬鹿にしたりは出来ません。お互いに尊敬の気持ちを持って対する必要があるのです。
武道が礼に始まり礼に終わるのは、先生や先輩の教授に対する感謝だけではなく、その上下に拘らず対戦の際に、必修となる心構えを学んでいるのだと思われます。

武道では体や技を鍛える事と同時に精神鍛錬が必要になります。どんな状況でも心を乱すことなく最高の判断をして精神を集中し、一撃で相手を倒せる様にするためです。

さて、ここで改めて考えると近年のフルコンタクト系格闘技とは明らかな違いが解ります。フルコンタクト系格闘技では、思い切りの力で互いに当て合いますが急所は攻撃してはいけません。
対して武道の伝統を継承する空手では相手の急所に倒せる技を入れますが、寸止めをしなければいけないのです。
勿論、受けについてもその攻撃に対応する技が必要になります。どちらを選ぶにせよ、目標が異なれば当然練習や稽古の仕方も異なったものになります。
この様に両者には全く正反対ともいえる程の違いが、同じグループの格闘技として一般的に考えられてしまう場合が多い様です。

日本人は国際的になり世界中で活躍していますが、考え方もそれに合わせる様に変化しています。生活も欧米と変わらぬレベルまで豊かになり、生き方も自由でおおらかになっています。
しかしその反面、大事な決断である筈の進学、就職や結婚を見ても、不登校、転校、退学、ニート、フリーター、再転職、同棲、離婚等、試しにやってみて駄目ならば又やり直そうというやり方が多く見られるようになりました。
柔軟でフレキシブルな考えは必要ですが、それは目標を簡単に変えるという事ではなく、それを達成する為の方法について臨機応変に対応することです。
人に一生は一度きりですし、後戻りは出来ません。臆病になり過ぎることも良くありませんが、決意には相応の覚悟が必要です。

神田錬成館道場では剛柔空手道の伝統を継承し、武道本来の意義を重んじた稽古が行われています。
道場内の空気は外とは明らかに違います。一撃に気持ちを集中して行う稽古には、普段の生活では経験しない気合が入って爽快です。
真剣に稽古する人達の眼は輝いて、顔つきも姿勢も活気に満ちて凛々しく見えます。日常、やり直しの許されない重大な決断などそう度々有るわけではありませんが、真剣勝負を意識して稽古するとき、剛柔流のこの緊張感が、これからも自分の人生に必ず役立つと感じるのです。

神田練成館道場 森 直樹

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